令和6年度 タウンミーティング「まちかど市長室」(鶴園小学校)開催結果(報告)
- 実施日:令和7年1月21日(火曜日)午前10時45分から午後0時20分まで
- 会場:市立鶴園小学校 屋内運動場
- 参加者:市立鶴園小学校 6学年143人(4クラス)、佐藤校長ほか
- テーマ:「50周年を迎えた鶴園小学校の過去~現在~未来」について
開会
学校長あいさつ(要旨)
- 皆さん、こんにちは。
- 今日は、本村賢太郎市長、そして加藤宏美南区長にお越しいただいております。
- 皆さんは、1学期から鶴園小のことを調べてきて、その学習の成果を本日のまちかど市長室で発表することとなります。
- また、学習の成果を発表するとともに、合唱も聞いてもらいたいという、皆さんの気持ちはとてもすばらしいと思います。
- 是非、市長や区長とコミュニケーションをしながら、素敵な時間を過ごしてほしいなと思います。
市長あいさつ(要旨)
- 皆さん、こんにちは。今日を楽しみにやってまいりました、相模原市長の本村賢太郎です。
- 鶴園小学校の6年生の皆さん、今日は迎えていただいてありがとうございます。後ほど、1組から4組の皆さんから、小学校の過去、現在、未来について、お話をいただけるとのことですので、ワクワクしています。
- 皆さん、今11歳か12歳ぐらいだと思いますが、毎日ワクワクしていますか。人生は、命を授かって1度ですから、是非、自分の未来に向かって、いろいろな未来図があって良いと思いますから、それぞれ自分色で良いと思いますので、自分は将来、こんなことをやってみたい、こんなことにチャレンジしてみたいなっていうことを描きながら、小学校生活を楽しんでほしいと思います。
- たくさん遊んで、たくさん友達と喋って、勉強もして、頑張ってほしいと思うし、助け合って、支え合っていける人間になってほしいなと思っています。
- 今日は、相模原市の紹介を少しさせてください。相模原市は今、市制施行何年か知っていますか。(知っているとの声あり。)昨年の11月20日に70周年を迎えました。
- 昭和29年。西暦で言うと1954年に相模原市が、相模原町という町から市になり、8万人でスタートしました。
- 現在の相模原市は、市内3区ありますよね。皆さんが通っている鶴園小学校は南区、そして中央区、緑区とありますが、それぞれ特色や顔が違うなと思います。私はそれが良いなと思っています。
- 8万人でスタートした自治体が、平成18年、19年頃、城山町、津久井町、相模湖町、藤野町の4つの町と合併をしました。平成の大合併と言いますが、神奈川県で唯一合併したのが相模原市と、その4つの町でした。
- 合併によって、人口が70万人を超えました。そして、平成22年に政令指定都市になったのですが、政令指定都市になると、神奈川県と同じぐらいの権限とか財源を持つようになって、いろいろなことにチャレンジできるようになります。
- これまで、相模原市がいろいろ相談する時には、神奈川県に相談をしてから、国に相談に行っていたのですけれども、今は、国に対して直接、要望に行けるようになりました。
- 政令指定都市は全国に20市しかありません。そのうちの一市が相模原市です。戦後生まれの自治体として、唯一政令指定都市になったのが相模原市です。
- 皆さんも是非、都市と自然のベストミックスって言うのですが、田舎過ぎず都会過ぎない、この暮らしのやすい相模原市で、学んで、たくさん友達を作って、青春時代を過ごして、そして、できたらずっと相模原市に住んでいてほしいなと思うし、将来皆さんがパートナーを見つけて、新しいお家に住もうかなっていう時にも、相模原市に住んでほしいなと思っています。皆さんが相模原市のこと、ずっと大好きでいてほしいなと思います。
- ちなみに、相模原市が好きな人は手を挙げてください。(多数挙手あり。)ありがとうございます。大体皆さん好きなんだね。
- 好きな人はもっと好きになれるように、今日この1時間ちょっと頑張っていきたいと思うし、まだ相模原市のこと知らないぞっていう人には、相模原市のことを知ってもらって、一緒にワクワクするまちづくりをしましょう。
- 鶴園小学校6年生の皆さんがいろいろな意見を教えてくれることによって、相模原市はまた新たなチャレンジをしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
- 市内3区のうち、南区に皆さんは住んでいますが、南区の特徴って何か知っていますか。(あまり知らない様子。)1つご紹介すると、5月4日、5日に相模の大凧まつりをやっています。一番大きなものは、畳128畳分の8間の凧で、重さ約1トンもあります。是非、南区の大きなお祭りというかイベントの1つでありますので、今年の5月4日、5日、ゴールデンウィークですけれども、是非行って、相模の大凧を体感してほしいなと思います。
- それから、中央区に目を転じますと、昨日1月20日は、何の日か知っていますか。(あまり知らない様子。)ちょうど1年前の1月20日、JAXAが開発したSLIMという小型月着陸実証機が月にピンポイント着陸しました。できればこの中から、宇宙飛行士が誕生しないかなって思っていますけれども、宇宙飛行士なりたいっていう人いませんか。是非、JAXA相模原キャンパスがあり、宇宙を身近に感じられるまちと言われていますから、知っていてほしいなと思います。
- 緑区ですが、神奈川県ってお水が美味しいですよね。神奈川県の920万県民の皆さんに届いているお水の約6割が相模原から出ています。相模原市って、地図を見たら緑色が多いですよね。山がたくさんあります。中山間地域とも言います。また、市内には湖が5つあります。その5つが、神奈川県民の皆さんの命の根源と言えるダムです。
- そして、リニア中央新幹線の新駅もできます。橋本に10年ぐらいしたらできるのかなと思いますから、皆さんが社会人になっている頃かな。リニアは、相模原市から名古屋駅まで1時間、品川まで約10分で行きますから、鶴園小学校から橋本に行く間に名古屋駅に着いてしまうかもしれないし、品川駅にも着きます。いろいろと移動手段も変わってくるし、今後、車が空を飛んで移動するような時代になったりして。これからいろいろな技術革新があって、ワクワクする生活があるのではないかなと思います。
- 最後にしますけれども、今日皆さんとお会いできたこと、大変嬉しく思いますし、相模原市は誰一人取り残さない、皆がワクワクして、自分らしく暮らしていこうねっていう社会を作っていきたいと思っていますので、是非、これからも相模原市と一緒に成長して、未来に向かって頑張っていきましょう。今日は皆さん、よろしくお願いいたします。
児童の合唱「遠い日の歌」
児童の発表及び市長コメント等
●:児童の発表 ◎:市長の発言 ○:南区長の発言
●2組「つるっこのあゆみについて」
- 私たち6年2組の発表は、「鶴園小学校つるっこのあゆみについて」です。
- まず、校章に秘められた思いについてです。校章には、見えにくいかもしれませんが、3羽の折鶴がいます。鶴園小学校だから鶴じゃないの?と思うでしょう。ですが、実は上鶴間地区だから鶴なのです。では、なぜ3羽か知っていますか。3羽の理由は2つあり、1つ目は3羽が一番しっくり来たから。もう1つの理由は、1羽1羽に意味があり、賢く、明るく、健やかの3つの意味が込められています。
- 次は、学校名についてです。元々学校は、中和田地区から名前を取り、中和田小学校に決定する予定でしたが、谷口地区の方々の意見も取り入れ、上鶴間の名前を取り、鶴園小学校になりました。
- 次は、鶴園小学校の音楽についてです。鶴園小学校は前から、音楽の学校と呼ばれてきました。なぜ音楽が有名になったかというと、当時、相模原市の校歌をたくさん作ってきた木島さんという方がいました。その木島さんが鶴園小学校の校長になったことで、音楽に力を入れ、有名になったのではないかと言われています。その後、平成3年度以降に音楽に力を入れるようになりました。
- 次は、鶴園小の音楽の歴史についてです。鶴園小は最初の頃、理科教育に取り組んでいました。昭和63年度に理科教育の研究発表会を行い、教育委員会から音楽教育に取り組んでほしいという依頼がありました。鶴園小には当時、音楽的な設備がなく、お断りしようと悩んでいたそうです。ところが、鶴園小に音楽的な設備がないからこそ、音楽の研究をする必要があるのではないか、子供たちの心を育てるのに音楽は最適ではないかと考え、引き受ける決断をしたそうです。
- 鶴園小学校は、その年に必要とする力をテーマとして取り組んでいます。去年は、「仲間とともに楽しんで表現する子」というテーマで取り組んできました。また、鶴園小学校は毎年、富澤先生に音楽を教えてもらっています。富澤裕先生は、数々の楽曲の制作、編曲などに携わっていて、全国の小学校などに合唱指導などをしている方です。
- 鶴園小学校の音楽自慢1つ目は、毎年、相模女子大学グリーンホールで発表会をします。鶴園小学校の音楽自慢2つ目は、音楽室にある楽器の種類が多いことです。フルートやこきりこなどがあり、太鼓の種類も豊富です。鶴園小学校の音楽自慢3つ目は、「ハッピーつるっこコンサート」という学校内で小さなコンサートのようなものを年の終わりにやることです。「ハッピーつるっこコンサート」は、動画とライブがあり、ライブには保護者の方たちも来て、選抜の人が出場します。
- 鶴園小学校の歴史はたくさんあります。この発表を通じて知ってもらえたら嬉しいです。
- これで6年2組の発表を終わります。ありがとうございました。
◎市長
- 6年2組の皆さん、ありがとうございました。
- 中和田小学校って名前になる予定だったのですね。初めて知ったし、谷口の人たちから意見があったんですね。あと、鶴園の鶴は、上鶴間の鶴からなっているんだなというのも知りましたし、確かに音楽のイベントが多いなという感じがします。
- 私の娘も、鹿島台小学校を出まして、3校ぐらいで合唱コンクールみたいなのをやるんです。中和田に昔来たことがあるような感じがしたのだけれども、たしかにその時に、鶴園小学校の皆さんは、非常に音楽が大好きだってことを聞いたので、皆さんの歴史のルーツを知れました。ありがとうございました。
○南区長
- 鶴園小の50周年記念式典の時に、相模女子大学グリーンホールで皆さんの歌声を聞いた南区長の加藤です。覚えているかな。あの時もすごく感動したのですけれど、今日、これほどまでに早く皆の歌声をまた聞ける機会があって、とても嬉しいです。また聞かせてください。
- 鶴園小学校のあゆみ、すごく楽しかったです。ありがとうございました。
●4組「鶴園小~周辺地域の様子~について」
- 4組、「鶴園小~周辺地域の様子~について」、鶴園小学区の地域や自然について、今と昔を比べ発表します。
- 学校の歴史についてまとめたパンフレットです。よかったら読んでください。(市長へパンフレットを手渡し。)
- 次は、つるのこの森について調べたチームです。
- つるのこの森とは、鶴園小学校ができた当初からある、木々や虫がたくさんいる場所です。しかし、プレハブ校舎の拡大によってなくなってしまったので、森を再現、復活させるために、鶴園小学校の生態系の状況と改善方法について調べました。
- その結果、校庭の体育倉庫の隙間に、α-ラトロトキシンという毒を持つ、ハイイロゴケグモとその卵を発見、(特定外来生物は法律で飼育等が禁止されています。)写真と比較して特定し、卵が孵化した際に水道水を使った駆除を試みましたが不可能で、潰すことで除去しました。卵が確認されたということは、鶴園小学校にハイイロゴケグモが生息しているということです。ハイイロゴケグモは、特定外来生物という厳しい規制がかかった生物です。ハイイロゴケグモは、人が被害を受けるほどの毒を持っているため、まずはハイイロゴケグモが巣を作るような場所を掃除して、1匹ずつ地道に駆除し、同時にほかの生き物を守るために、殺虫剤を使わない、畑で化学肥料を使わない、などの取組を進めようと思います。
- 次は、地域班の発表です。僕たちは、昔の地域の様子や学校の様子について、地域の方々に直接インタビューしました。そして、聞いたことを紙にまとめました。(模造紙を掲示。)
- これを見てください。これは、今の学校を描き、それに昔の学校の様子、地域の様子をまとめました。吹き出しに書いているのが昔の学校のことで、別の紙に書いているのは地域のことについてです。
- なぜ僕たちは地域のことについて調べたり聞いたりしたかというと、鶴園小学校の昔の様子や、昔からどんなふうに思われていたかを調べたかったからです。これから少し紹介するので聞いてください。
- 鶴園小学校が作られたのは、昔、南大野小学校の人が学校に収まるか収まらないかぐらいの人数だったため、鶴園小学校が作られたそうです。鶴園小学校はとても楽しく、すごく音楽に力を入れていて、賑やかで楽しい学校だったと聞きました。
- プレハブ校舎の場所に、昔はウサギの飼育小屋や池、小鳥小屋がありました。鶴園小学校の人数が増えて、プレハブ校舎が作られて、飼育小屋や池がなくなったのかもしれません。
- 昔、給食室の近くに用務員さんの家がありました。昔は、用務員さんの人数が少なく、朝早くから給食を作らないといけないから、給食室の近くに用務員さんの家が必要になったのかもしれません。
- 昔の運動会は組体操もやっており、写真から見て、今の運動会と同じように、赤と白に分かれて勝敗を決めていたと考えました。
- 昔、1学年の人数は約120人でした。今の6年生の人数は約140人なので、昔と大きな違いがないことに驚きました。
- 私たちは、50年前の学校の風景を見ることはできませんが、皆さんに言葉だけでも昔の学校の様子が伝わっていただけたらと思います。
- これで4組の発表を終わります。
◎市長
- 4組の皆さん、ありがとうございました。
- 学校の動物とかは、今はいなくなってしまったのかな。私も小学生の時は確かにクジャクとかウサギがいたりしました。
- さきほど言った森の自然プロジェクトも、森が蘇って、またそこにカブトムシが飛んできたりとか、バッタが飛び出たりとか、カマキリとか。秋のシーズンには、コオロギが泣いて、鈴虫が泣いてとかして、とても四季を感じるんじゃないかなと思います。皆さんのアイデアを出して、6年生からまた次の5年生、4年生にバトンを繋げて、森再生プロジェクトになると面白いのではないかなと思います。
- そして、先ほどいろいろ図を見せてもらったけれども、一生懸命作ってくれてありがとうございます。また後で、もっと近くで見たいなと思います。
- 4組の皆さん、ありがとうございました。
○南区長
- 皆さん生物学者なのかな、なんて思うような、すごい細かい調べをしてくれて、50年前のことは見えないかもって言ってたけれど、私の頭の中では、50年前はこのような風景だったのだな、このような動物たちがぴょんぴょんと走り回ったのかな、などというのが目に浮かんできました。
- ありがとうございました。
●3組「鶴園小の今について」
(総合で学習したことを劇で発表)
※劇の登場人物:☆=ナレーター、強=強子、真=真次芽、剛=剛田、X=ミスターX、
- =50年前の児童たち
☆ここは50周年を迎えた鶴園小学校。強子は50周年の鶴園小学校で、何か未来につながる、思い出になるものを作りたいと考えていた。
強「何かできることはないかな。」
☆ある日突然、机の上に招待状が届いていた。50年前の鶴園小学校にいらっしゃいというものだった。行く方法は、その日の夜0時に、公民館のドアをノックしてと書かれていた。
真「何これ?行ってみよう!」
☆公民館に向かうとそこには、同じ3組の真次芽の姿があった。真次芽も強子と同じく50周年の記念に未来に何かつなげたいと考えていた。
強「こんな時間にどうしたの?」
真「いや、その、、、」
☆通りすがりの剛田が現れる。
剛「どうした二人して。美味しいものでもあるのか?」
☆2人は剛田に事情を話すと。
剛「俺も50年前の給食に興味があったんだよ!一緒に行きたい!」
☆そんなわけで、3人で公民館のドアをノックして、1974年の鶴園小学校に向かうのであった。
真「本当に着いた!」
剛「早く給食を見たい!」
強「じゃあ、まずは給食から見よう!」
【50年前の給食について】
- 「今から給食だ!」
- 「やったー!」
- 「4時間長かったな。今日の給食は何かなと。」
- 「今日の給食は、黒パンにマグロのケチャップ和え、ワンタンスープだって。」
- 「おお、美味そうじゃん。」
- 「いただきます。」
- 「うーん、デリシャス!」
剛「うわー!マグロ美味そう!俺も食べたい!」
強「うちもそう思う!」
真「50年前にはこんな給食が出ていたのですね。」
強「じゃあ、次はクラブや委員会を見てみよう。」
【今はない委員会やクラブについて】
- 「フィッシングクラブに遅れちゃう。急いで急いで!」
- 「説明しよう。フィッシングクラブとは、学校のプールで釣りをするというクラブである」
- 「今日は私が餌やり当番だ。飼育委員会に行こう。」
- 「説明しよう。飼育委員会とは、学校の動物を飼育するという委員会である。」
強「こんなクラブや委員会があったんだ。今とは違うね。」
剛「俺はやっぱり給食委員だな。」
【昔の遊びについて】
強「あれは何?ドッチボール?」
剛「どんな遊びをやっているんだ?」
- 「この遊びはろくむしだよ。」
- 「最初に鬼を2人決めるよ。鬼同士がボールを投げあって、プレイヤーがその間を通るよ。」
- 「一往復でいちむしと数えて、ボールに当たらずに6往復できたらプレイヤーの勝ち。そういう遊びだよ。」
真「良い遊びですね。」
X「君たちをここに呼んだのは、私、ミスターXだ。今の鶴園小学校の皆に伝えてほしくて呼んだのさ。」
強「びっくり!」
剛「まじか!」
真「本当ですか?」
X「そこの扉をノックしてみよ。君たちのいた、2025年に戻れるかもしれないぞ。」
真「そうですね。現代に戻りましょう。」
☆こうして、過去の鶴園小学校を知った3人は2025年に戻るのであった。
真「今まで、皆とはそこまで関わってなかったけれど、強子と剛田と、50周年のおかげで皆がひとつになれたと思う。」
強「そうだ!皆がひとつになれる作品を作れば良いのだ!」
☆3人は50周年の6年生の親指(の指紋)を使って、未来に残るような、鶴園小学校の校章(のアート)を作ることにした。
☆完成した作品が素晴らしかったので、皆で喜んでウキウキダンスをした。
強「これが未来に残っていたら良いんだけどな。」
X「僕の出番になりそうだ。」
☆謎の人ミスターXの力を使って、100周年の鶴園小学校にタイムスリップすると、そこには3人が作った作品が飾られていたのである。
強「皆ナイス!」
真「やりがいがありましたね!」
剛「美味しいご飯を食べた気持ちだよ!」
X「じゃあ、未来の皆へ、バイバイ!」
◎市長
- 3組の皆さん、どうもありがとうございました。
- 皆さん全員参加で取り組まれた劇で楽しかったです。私はいつも、ワクワクって言っているのですが、ウキウキ、こっちに変えようかなと思うぐらい面白かったなと思います。
- 50年前って、タイムスリップできたら良いよね。
- 過去は変えられないけど、未来は変えられますからね。是非、未来の100周年に向かって。50年後ですから、皆さんは62歳ですね。
- 30年後だと、皆さんは42歳ですか。その時は、相模原市制施行100周年なので、是非、年数を覚えていてほしいなと思います。
- 学校の給食も、50年前の割烹着って、今とは違うのですかね。私が小学生の時も、確かああいう白いやつを着ていたな。帽子をかぶって。今から40年ぐらい前だから、あまり変わらないかな。懐かしいなと思いました。
- 素晴らしい劇をありがとうございました。また、ワンチームで頑張ってくださいね。
○南区長
- 皆、どれくらい練習したら、あのような楽しい劇ができるのかな。どのくらい練習したのだろう。50年前、懐かしいなと思って聞いていました。
- 釣り堀の話は、私も知らなかったのだけれども、飼育委員会などは確かにあったなと思います。
- 皆がひとつになって練習して、素晴らしい作品だったなと思いました。私、演劇が好きなので楽しかったです。
- ありがとうございます。
●1組「鶴園小の未来・将来について」
- 最後に1組、鶴園小学校の未来、将来についてです。これからの鶴園小学校がどうなっていってほしいか、調べたことをまとめたので発表します。
- 私たちは、6年1組博物館班です。鶴園小学校50周年イベントの時、これまでの鶴園小学校でどんなことを行ってきたのか、どんなものがあったのかをクラスの中で班に分かれて調べました。そこで私たちは、博物館班として、鶴園小学校がこれからどういうふうになってほしいかを調べ、6年生や先生方の意見を集め、まとめました。
- 6年生からは、皆が気持ちよく過ごせる学校になってほしい、他校の児童とも仲良くしたい、音楽の幅がもっと広がってほしい、などという意見でした。先生方からは、児童たちに自分らしく音楽を楽しんでほしい、皆に使いやすい学校になってほしい、という意見が数多くありました。
- これらの意見から、私たちは次のことを提案させてもらいます。
- 設備に関しては、エアコンがついていない教室にもエアコンをつけてもらいたいです。他校との交流に関しては、より親睦を深めるため、連合運動会のような他校と合同で行うイベントを増やしてほしいです。
- 最後に、皆からの意見で1番多かった音楽に関してです。
- 鶴園小学校では昔から音楽が有名です。以前の鶴園小学校のように、鶴園小学校といえば音楽と言われるようになりたいです。そのために、今までに触れたことのない楽器に触れ合う機会や、合唱の指導を受ける機会をもっと増やしてほしいです。
- また、共和小学校のように、吹奏楽部を作り、さらに子どもたちが音楽に興味を持つチャンスがほしいです。
- 鶴園小学校の児童のほとんどが、谷口中学校に進学します。谷口中学校は部活動の数が少なく、毎年、鶴園小学校の1クラス分くらいの児童が吹奏楽部に入部します。小学校の頃から楽器に触れ合っていれば、部活動を選ぶ選択肢も増え、部活に入れずに悩む児童も減るのではないだろうかと思います。
- また、谷口中学校は、県大会に出られるほどの実力を持っています。なので、小学校のうちから吹奏楽をする環境があれば、さらに強くなり、地域全体で音楽の意識や関心を高めることができると思います。
- これらの意見を考えてもらえたら、すごくすごく嬉しいし、学校がもっと楽しくなると思います。
- これで1組博物館班の発表を終わります。
◎市長
- 1組の皆さん、ありがとうございました。
- 未来志向で、とても良い意見だったなと思います。
- やっぱり鶴園と言ったら、音楽の学校なのだなと。本当に各クラスの皆さんが音楽のことに触れられていましたから。小学校の時から、いろいろな楽器に触れ合うと音楽の感性も増えてくるし、音楽って本当に心を豊かにする素晴らしいものだなと思っています。
- 吹奏楽をするとか、鼓笛隊に入ってみるとか、いろいろな音楽の仕方があると思います。歌でも良いし、それから、楽器を使って何か音を出すのも良いし、本当に、皆がハッピーになるよね、音楽って。歌詞なども見ると、人生観を感じるよね。
- 私はお風呂に入った時に、いつも音楽を流して聞いてます。そこでリラックスしているのですけれども、今日は、皆さんの素晴らしい歌を聞いたので、とてもハッピーで、今の時間も過ごしているし、今日はずっと一日ハッピーかなと思います。
- ありがとうございました。
○南区長
- 私も50周年の時の歌声と、今日の歌声を聴いて、実は学校には今日初めて来たのだけれども、校長先生のお部屋に行く間にも、いろいろな掲示物に、さりげなく音符のようなものがあったので、ついつい、廊下をリズム取りながら歩いてしまったりして、そのような、すごいルンルンするような、楽しい学校だなと思いました。
- そうやって音楽を発信することって、すごく私たちの心も豊かになるし、これからも続けていただきたいなと思います。たくさん音符のある学校にしてください。
- ありがとうございました。
質疑応答の主な内容
●:児童の発言 ◎:市長の発言
●質問者1
- 私は将来、建築士になって、ほかの人たちの人生の一部、大きな一部をお手伝いさせていただく人になりたいです。本村市長が相模原市長になったきっかけは何ですか。
◎市長
- ご質問ありがとうございます。
- 建築士さんは、人の幸せの手助け、お家を作ったりとかする仕事で大変楽しみですね。
- 相模原は6割が緑で、津久井産材っていう、杉とかを使ったブランド材がありまして、建築士さんに設計をしてもらって、100%津久井産材でできた市の公共施設を作りたいなと思っています。是非、その時に携わってもらうと良いなと思います。
- 何で市長になったのですかという質問にお答えします。
- 私は、実は社会人、サラリーマンを経験して、それから衆議院議員の秘書を経て、神奈川県議会議員、国会議員を務めてきました。
- このまちが大好きで。このまちは、本当に72万市民、皆が家族だと私は思っていますから。一人一人が、皆が幸せになれるような政策を打っていきたいと思ったので。
- 国会でも、いろいろ政策を提案するのですけれども、国会には議員が約700人いますから、これをやりたいと言ってもなかなか絵が描けない部分もありました。
- 市長になって、やっぱり72万市民の皆さんと顔や膝を突き合わせて、いろいろなイベントに行ったり、いろいろな集会で会ったり、時にはお叱りをいただくし、時には励まされるし、本当に、生きているなっていう実感をしています。
- そういった皆さんの声を聞いて、誰一人取り残さない、皆が幸せになれるような政策を打っていきたいなと思って、相模原市長になろうと思いました。
- 市長になって今2期目で、6年も経ちますけれども、毎日勉強です。勉強しても勉強しても。
- でも、こうやって市民の皆さんと接していて、皆さんの命を守ろう、皆さんを応援していきたいっていう思いで、市長になって良かったなと思うし、これからも自分の夢の実現に向けて、チャレンジしていきたいと思います。
●質問者2
- 私は将来、心理学に関する仕事に就きたいと思っているのですが、市長さんは子供の頃はどのような子供で、どのような夢を持っていましたか。
◎市長
- 将来、心理学の仕事に就きたいのですね。いろいろな考えを持ってる人がたくさんいるから、是非、そういった人たちに寄り添って対応してもらいたいなと思います。自分の夢に向かって頑張ってくださいね。
- 絵本の桃太郎とか金太郎って知っていますか。いつも母から読んでもらって、強くたくましく、優しい人間になってほしいと。勉強はそれほどしなくて良いよと言われていたので、そのまま勉強をしていなかったのだけどれも。
- でも、たくさんの友達を作って、そして子供の時はですね、やっぱり困ってる友達を助けてあげたい、応援してあげたいなと思っていました。
- 特に、小学校の6年間は、障がいがある同級生と登下校を一緒にして、手をつないで、朝、登校班で一緒に行って、席は6年間隣で、帰りも一緒に、手をつないで帰ってきました。
- その障がいがある友達が頑張って生活しているのを見て、こうした友達を応援していきたいなと思って、将来、政治家になりたいなと思ったのが小学校3年生の時で、そういう気持ちを持ってきました。
- 子供の時は、生徒会とか、あまり参加していなかったけれど、柔道部の部長をやっていました。それから、自転車で相模川に蛙を捕まえに行ったり、ザリガニを捕まえに行ったりとかね。この近くでも、カブトムシとかクワガタが捕れたりとかしたので、夏は捕りに行ったりしていました。
- そのような子供時代を過ごしまして、特に、中学生の時の部活動は大変でした。当時は厳しかったのでね。気合を入れて、毎日先生の指導を受けて、先輩後輩と一緒に、自分自身に負けないように頑張ろうと思ってきました。
- 柔道は正直強くないのですけれども、一生懸命自分に負けないように頑張ろうと思って、小学校から高校までやってきましたから、そういった意味では、得意ではなかったんですが、柔道をやってきてよかったなと。辛い時とか判断に迷う時に、中学校の時の部活動を思い出して、あの時の厳しい練習に比べたら、ここは歯を食いしばって頑張ろうと思って、自分自身に負けないようにいつも頑張っています。
- そうした子供時代でした。
●質問者3
- 挨拶の時に言っていたように、相模原市は田舎と都会が混ざり合っている感じがして、そこが私は良いところだと思うのですけれど、市長さんは相模原市のどのようなところが良いところだと思いますか。
◎市長
- そうですね、都市と自然のベストミックスという言葉をよく言うのですが。南区のように比較的都市部が多い地域、中央区もそうですけれど。逆に、相模川沿いとか津久井の山々、相模湖とか津久井湖とか宮ヶ瀬湖とかもあり、本当に田舎過ぎず都会過ぎないところが相模原市の売りだなと思って、暮らしにちょうど良いのではないかなと思います。
- 非常にアクセスも良いし、住んでいて良いなと思うし、あと、一番良いのは、72万市民の皆さんが皆優しいし、あたたかい人が多いなと思います。
- 本当に相模原市というのをもっとシティプロモーションしていきたいし、皆さんも、例えば、ここのラーメンが美味しいよとか、ここの場所に行くとハッピーになるよとか。何かあったら、SNSとかを使って発信してもらったり、テレビに投稿してもらったりとか、いろいろなやり方で、相模原市の魅力をどんどん発信してもらえると、皆が幸せになるかな。
- 私、いつも辛い時は、今日寝たら必ず明日太陽が昇ると思って、いつもそう思って寝ています。ですから、悲しいこと、辛いこともあるのだけれども、いつもポジティブに、前向きに、失敗してもめげずに頑張ろうと思っています。
- 子供の時からそういうことを繰り返してきたなと思っていますので、是非、72万市民の皆さんがハッピーでこれからも生活できるように、一緒に頑張っていきたいと思います。
●質問者4
- 僕は、これからの相模原市が明るくて過ごしやすいまちになっていってほしいと思うのですけれど、市長さんは相模原市がどんなふうになっていってほしいと思っていますか。
◎市長
- そうですね、やっぱり選ばれるまちにならなくてはいけないなと思います。
- 皆さんが将来、中学生や高校生、社会人になっていくに当たって、どこで生まれたのとか、どこから来たのと言われた時に、私は相模原市で鶴園小学校を卒業して、それで谷口中学校を出て、何々高校に行って、相模原市で生活していましたよと、誇りを持ってもらえるような相模原市にしていきたいなと思います。
- 皆さん一人一人、かけがえのない人生ですから。命は地球より重いという言葉があるように、本当に、皆さんが未来に向かって、夢を描けるような相模原市を作っていきたいなと思うので。
- 是非、私は相模原市で学んできました、相模原市で社会人になりました、相模原市で子育てしています、相模原市で第二、第三の人生を楽しんでいます、ずっとそう思っていただけるような相模原市を作っていきたいなと思っています。
●質問者5
- 僕たちは6年生で、4月から中学生になるのですけれど、中学校で頑張った方が良いことはありますか。
◎市長
- 皆さんが中学2年生の時の12月に、小学校と同じあたたかい給食が中学校でも始まりますから、楽しみにしてほしいなと思います。
- 小学校の給食は美味しいですか。(「はい」という声が多数。)
- 学校の先生とか、教育委員会の皆さんが頑張ってくれて、中学2年生の12月から、あたたかい給食が食べられますからね。
- 中学生になったら、やっぱり友達を大事にしてほしいなと思います。それから、感謝の気持ちを持ってほしいなと思います。
- 友達は、生涯ずっと大事です。私も、54歳になったのだけれども、いまだに中学校の友達と一緒に釣りに行ったり、食事に行ったり、旅行に行ったり、映画を見に行ったり、いろいろしています。本当に生涯の友達です。
- 今日から、加藤区長とも、私、本村賢太郎ともお友達ですから。何かあった時は、また加藤区長のところに相談に来ても良いし、市役所の市長室に、今こうしたことで困っているのだけれども、どういうふうにしたら良いかって相談にきても良いです。
- 悩んだら、一人で悩まずに友達に相談するとか、小学校に来て学校の先生に相談するとか、お家の皆さんに相談するとか。
- 悩みって皆あります。あの子、悩んでいなくて羨ましいなっていうふうに思うかもしれないけれど、悩まない人はいないです。皆悩んでいます。でも、その悩みを引きずってはいけない。
- 私が悩んだ時の解決方法は、友達に相談すること。今こうしたことに困っているのだけれど、どうしたら良いかなと相談すると、友達が良いアドバイスをしてくれます。そうすると、自信が湧いてきて、よし頑張ろう、と思うのです。ですから、友達を大事にしましょう。
- それから、ありがとうという、感謝の気持ちをお家の皆さんにも友達にも持ってほしいなと思います。
- ありがとうという言葉は、大人になると言いづらくなるのだけれども。でも、ありがとうという言葉は本当に魔法の言葉だなと思っていまして。皆がありがとうという言葉を言うと、皆が幸せになります。
- ですから、中学生になっても、何かお世話になったり、何かしてもらったり、感謝するときは、ありがとう、ありがとうございますと言葉を言ってください。中学生、社会人になっても、大人になってもずっと言い続けてほしいなと思います。
- それから、中学校は自分の進路、夢、どのような社会人になって、どのような将来を描いていきたいか。自分のオンリーワンの人生で良いですから、是非、未来図を予想してほしいなと思います。
- 少しずつ、自分はこういうふうになろうかな、こういうふうにしてみようかなと。
- でも、決まらなくても良いのですよ。途中で変わっても良いのです。
- 途中で変わって、例えば、学校の先生なのかなと思ってたけれども、やっぱり植木屋さんになってみようかなとか、植木屋さんをやろうかなと思っていたけれども、介護の現場で働いてみたいなとか、いろいろなお仕事がありますから。
- 世の中にあるお仕事は、無駄なものはありません。全部、世の中に必要とされている仕事ですから。
- 皆さん一人一人が、自分の目指す道を少しずつ考えて、設計してもらうと良いなと思います。
閉会
○南区長コメント
- もう、何度ありがとうと言っても足りないぐらい、ありがとう。皆さん、ありがとうございます。
- 市長が相模原市制70周年、70歳を迎えたというお話しをしました。その70周年のロゴマークがあるのですが、そのコンセプトは、ともに奏でようなのです。
- それで、まさにこの鶴園小学校で最初に聴かせてもらった歌は、ハーモニーでひとつになった一体感、ともに奏でようだなと思って、すばらしいなと思って聞いていました。
- そのようなものを大切にしながら、この相模原市をずっとずっと好きでいてほしいし、そういう大人になっていただきたいなと思います。
- もう、笑って、笑って過ごしてもらいたいと思います。笑う門には福来たるという言葉があるのですけれど、笑っていると、どんどん、どんどん幸せがやってくるよという言葉があるので、皆でずっと笑って、幸せに暮らしていただきたいと思います。
- 今日はありがとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。もう何回も奏でます。ありがとう。
◎市長メッセージ
- 鶴園小学校の友達の皆さん、今日は、まちかど市長室、ありがとうございました。
- 1組から4組の皆さんの特色あるプレゼンを聴かせていただいて、本当に準備も大変だった中、ありがとうございます。
- これから皆さんは、卒業式を迎えるのかな。小学校での思い出、6年間いろいろなことがあったと思いますけれど。
- あと数か月ですけれども、鶴園小学校でたくさん遊んで、たくさん友達と喋って、素晴らしい時間を過ごしてほしいなと思います。
- また、中学生になったら、いろんな壁にぶつかります。ぶつからない人はいません。さきほど言ったように、皆悩んでます。
- でも、加藤区長が言ったように、皆ありがとうと、私が言った、ポジティブに考えてもらって。悩みは皆で相談して、一人で抱え込まないでほしいなと思うし、中学生になって、皆さん夢を持ってほしいなと思うので、楽しいことを考えていきましょう。
- 是非、皆さん、これから中学生、高校生、社会人に向かって一歩一歩歩んで行くのでしょうけれども、相模原市の未来を皆さんに託していきたいと思っています。
- その託すというのは、それぞれが、それぞれの人生を一歩一歩歩んでいただくことだと思っていますから。
- これからも、鶴園小学校の皆さん、街中で会ったらお友達ですからね。声を掛けてくださいよ。
- 今日、私も鶴園小学校6年生の新しい友達と会えて、嬉しく思います。年齢は違うけれども、生涯、皆さんと仲良くしていきたいと思います。
- 今日は、本当にいろいろなお話を頂き、それから、鶴園小学校の過去、現在、未来のお話を聞いて、ワクワク、ウキウキしました。これからも、皆さん、ウキウキするような人生設計をして、共に頑張っていきましょう。
- それでは、本当に今日はありがとうございました。
主な意見、提案と回答
1 以前の鶴園小学校のように、鶴園小学校といえば音楽と言われるようになりたいです。そのために、今までに触れたことのない楽器に触れ合う機会や、合唱の指導を受ける機会をもっと増やしてほしいです。
やっぱり鶴園と言ったら、音楽の学校なのだなと。本当に各クラスの皆さんが音楽のことに触れられていましたから。小学校の時から、いろいろな楽器に触れ合うと音楽の感性も増えてくるし、音楽って本当に心を豊かにする素晴らしいものだなと思っています。
2 相模原市は田舎と都会が混ざり合っている感じがして、そこが私は良いところだと思うのですけれど、市長さんは相模原市のどのようなところが良いところだと思いますか。
都市と自然のベストミックスという言葉をよく言うのですが。南区のように比較的都市部が多い地域、中央区もそうですけれど。逆に、相模川沿いとか津久井の山々、相模湖とか津久井湖とか宮ヶ瀬湖とかもあり、本当に田舎過ぎず都会過ぎないところが相模原市の売りだなと思って、暮らしにちょうど良いのではないかなと思います。
3 これからの相模原市が明るくて過ごしやすいまちになっていってほしいと思うのですけれど、市長さんは相模原市がどんなふうになっていってほしいと思っていますか。
やっぱり選ばれるまちにならなくてはいけないなと思います。
私は相模原市で学んできました、相模原市で社会人になりました、相模原市で子育てしています、相模原市で第二、第三の人生を楽しんでいます、ずっとそう思っていただけるような相模原市を作っていきたいなと思っています。
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