令和3年度 5月7日臨時記者会見
令和3年5月7日
- 日時 令和3年5月7日(金曜日)午後4時~5時
- 場所 市役所第2別館3階第3委員会室
(市長)
皆さんこんにちは。大変お忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。本日は、東京2020パラリンピック聖火フェスティバルの採火場所について、本市の方針を決定いたしましたので、ご報告させていただきます。
まずはじめに、ご遺族ご家族、利用者をはじめとする関係者の皆様には、大変なご心労やご迷惑をおかけしておりますことを改めて心からお詫び申し上げたいというふうに思っております。
ご遺族やご家族の皆様に対しましては、事前の説明がないまま公表に至ったことについて、お詫びをするとともに、これまでの経過を説明するため、お手紙を送らせていただき、併せて意見等をお寄せくださるようお願いさせていただきました。
4月26日を目途に、ご意見をご投函いただきますようお願いしたところ、本日までに52件のご意見がお寄せいただきました。ご意見につきましては、採火の趣旨にご賛同いただき、津久井やまゆり園での採火に前向きなご意見が27件お寄せいただいた一方で、実施場所等に対する反対のご意見が19件、そして、その中には事前にご説明がなかったこととか、お叱りの言葉もいただいたところでございます。また、電子メールや電話、陳情団体等を通じて寄せられたご意見の多くは、ご遺族、利用者の皆様、ご家族の皆様への心情へのご心配や場所自体がふさわしくないとの理由から、津久井やまゆり園での実施に反対するものでございました。こうした、皆様からのご意見の一つ一つを真摯に受け止めて、熟慮を重ねてまいりました結果、皆様からの幅広いご理解を得て実施することは難しいとの思いに至りました。このため、津久井やまゆり園での採火を取りやめ、採火場所を変更させていただくこととなりました。
新たな採火場所につきましては、パラリンピックの意義やパラリンピックの聖火リレーのコンセプトを踏まえて、共生社会の実現を誓いながら採火するという基本的な考え方は維持しつつ、採火の仕様などの詳細など含めて改めて検討させていただき、決定次第、皆様にお知らせしてまいりたいと考えております。
今後も「ささえあい生きる社会」の理念のもと、障害のある方や支援者の皆様との対話を大切にしながら、共生社会の実現に向けた諸施策に取り組んでまいりたいと考えております。
私からは以上でございます。
【質疑応答要旨】
(記者)
遺族側からのご意見を承りまして、反対意見の中で、今回の判断に直接関わるような意見と言うのは、ありますでしょうか。
(市長)
「美帆さん」のご遺族からの要請文や、今回、遺族・家族の皆さんには、無記名で任意に自由にお書きいただく形でありましたが、ご遺族からとわかる記載も中にございました。そういった皆さんのお言葉には、しっかりと向き合っていかなくてはと思っておりますし、もちろん一通一通のお返事は非常に大事なご意見だと思っております。その中でも、特にご遺族の皆様からいただいたお言葉というのは、事前にご相談なく決定し、かつ公表したことに関しては、大変そこは申し訳なく思っておりますし、私達も本当に反省しなければならない点だと思っております。そういったところが今回の決め手の一つになったところでもありますし、また、冒頭に申し上げましたように、様々な、皆さんのご意見に対し真摯に向き合って読ませていただき、考えさせていただきました。総合的な判断そして熟慮をしたうえで、決断をしたわけでございますが、賛成が確かにこの52通の中に、27件、52%占めているわけでございますが、多数決で決めるお話ではないと思っております。そういった中で、やはりご遺族からのご意見は非常に重く受け止めておりますし、そして、冒頭にも述べたように、開催するにあたって、多くの皆様からご理解がなかなか得られる方向でないことに至ったことが、変更する大きな理由になった点でございます。
(記者)
電子メール、電話、ファクスあるいは抗議文とか、こちらの方は非常に多かったようですけど、この辺を背景に今回の決定に影響を与えているというふうに考えてよろしいんですか。
(市長)
様々なご意見があって当然だと思っております。103件の電話やメールのご意見をいただく中で、1件以外102件すべてが反対であったということは、これは重く受け止めなければいけないと思っております。おそらく、市民以外の皆様からも全国的にご意見をいただいておりますし、障害者団体13団体の皆さん、そして、遺族・家族を代表した要請文1件を含めた14件の皆様からのご意見というものも、ここも重く受け止めなければいけないなと思っております。
(記者)
庁内でも、もちろんご議論されたと思いますけども賛否あったんでしょうか。
(市長)
隠田副市長を先頭に、下仲副市長や職員と議論をしてまいりました。そういった中で、思いは皆さん同じでありまして、ここまでに至る対応の甘さ、やはり遺族や家族・利用者の皆様に寄り添えてこなかったことの反省を踏まえて、ここはやはり変更せざるを得ないだろうということでの方向は、皆一致しておりました。
(記者)
前回の会見だとご遺族ともお会いしたいということをおっしゃっていましたが、実際にお会いになって、この件について話されましたか。
(市長)
遺族の方からお会いしたいというお話がございました。先方の希望日程は一日だけであり、そこは日程が合いませんでしたので、私どもから日程を提示させていただく予定でございましたが、先方から前回の会見をみて変更を含めて再検討されていることならば、お会いしなくてもいいですというお話がございました。私としては可能な限りお会いしたいとの思いもございました。今後ですね、ご遺族の方とお会いする機会があるというふうに思っておりまして、私と率直にお話をしてみたいと言う方もいらっしゃるようでございますので、チャンスがあれば、機会を作っていきたいと思っております。
(記者)
今回、市の方針というのを撤回しなければならなかった一番の原因っていうのは、何だと市長は受け止めていらっしゃいますでしょうか。
(市長)
166人の遺族・家族の方に任意・無記名で、お考えをお聞きし、約31パーセント52人の方からご意見をいただきました。その中では、賛成の方が多かったということでございますが、これは賛成反対にかかわらず、この前もお話しましたように事前に私どもの方から、神奈川県や共同会の方とは、事前にお話をしてまいりましたが、一番大切である遺族・家族・利用者の皆さんに寄り添う気持ちが足りなかったということが、一番の反省だと思っておりまして、そこはトップである私の責任であると思っております。
(記者)
表面的にみると、事前に段取りをちゃんと踏まえないで、話をちゃんとつけていなかった、事前に連絡していなかったところに帰着できるようにも見えるのですけども、一方で障害者の方とかマイノリティーの方達に対する意見を聞こうとする姿勢みたいなものが、欠如していたというふうに見ることもできると思うんですけど、それについてどう考えていらっしゃいますか。
(市長)
遺族・家族の皆さんに、直接私達からコンタクトを取れる環境でないということは、記者の皆さんもご存じだと思います。
津久井やまゆり園は神奈川県の施設でありますし、社会福祉法人かながわ共同会が運営をしているわけでございまして、遺族・家族の方々に直接コンタクトが取れない立場でありました。しかしながら、県や共同会を通じてコンタクトできたわけですので、その点において、ここは私達の対応が欠落していたということは、大きな反省だと思っております。しかし、今後も含めて私どもは、共生社会の在り方、これに関してはしっかり真摯に向き合って、今回、多くの皆さんからご意見を頂戴いたしました。津久井やまゆり園の在り方や、今回の決定に関することなど、様々なご意見をいただきました。共生社会の実現に向けて、今回の反省を踏まえて、また次に続く対応をしっかりとっていかないといけないと思っています。「津久井やまゆり園事件」が起きた自治体、地元でありますので、今後この事件を風化させることなく、しっかり後世に引き継ぐとともに、かつ相模原市は多様性が認められている、様々な皆さんが生活できる環境というのをこれからも作っていきたいということを、しっかりとまた訴え、市民の皆さんに対話をしながら進めていきたいと考えております。
(記者)
今回は、採火場所を変更するというお話なんですが、共生社会の実現に向けては、道半ばで、とても高い壁があると思うんですが、今、市長は今回の反省点を踏まえて次に続く対応をしたいというお話があったのですが、具体的には、当事者に寄り添うだとか、具体的に考えていることは、あるんでしょうか。
(市長)
今回の様々なご意見の中には、津久井やまゆり園の在り方自体が、共生社会に反しているのではないかというご意見もございました。私どもは、やはり地域生活に移行できる体制の環境づくりというのが非常にこれからも大切だと思っております。例えばご自宅で生活できる方、施設に入らなければならない方、様々な事情の方がいらっしゃると思うんです。そういった皆さんに寄り添いながら、皆さんの様々な生き方に対応できる環境というのを作っていくのが、私どもの責任だと思っておりますので、今後、共生社会の在り方というのは、施設の支援、入居者の皆さんに寄り添った対応が、非常に大事だと思っております。特に「津久井やまゆり園事件」が起きた後、今年8月から津久井やまゆり園で、12月から芹が谷やまゆり園で、入所者60名とプラス短期入所者6名、66名ずつの、新しい生活がスタートするわけでございます。この5年間、事件後、新たな入居を希望される皆さんや、事件に遭われた皆さんを含めて、当時入居されていた皆さんに、この間寄り添って、県と一緒に、ご意見を聞いてまいりましたので、今後も、障がいのある皆さんとしっかり対話をしながら、皆さんが生活しやすい環境をしっかり作っていきたいと思いますし、今回津久井やまゆり園に関して、施設自体にも厳しいご意見をいただきましたので、多くの皆さんに、やはりあらゆる生き方、生活の仕方があるということを、これからも訴えて、ご理解いただけるように努めてまいりたいと思っております。
(記者)
今回のご説明、それからご遺族、ご家族への手紙にも同じような文面が書いてあると思うんですが、ご心労、ご迷惑をおかけしないことを第一に考える、とあって、その上でその幅広い理解を得て実施するのことは難しいと判断したという、くだりになっているんですけども、その部分として、事前にその説明だとか、あるいは十分な市としての考えを伝えて実施をするということで進めていれば、問題がなかったのか。いわゆる手続き論な印象で思える所であって、いわゆるその考え方、市長としてこちらの場所で、津久井やまゆり園でやるという考え方自体は、間違っているということではないというふうに、今もお考えなんでしょうか。ご指摘の中で、事件があって、命を奪われた方が19名いらっしゃるわけで、その場での採火ということに違和感があるという指摘もあった訳なんで。そこの辺のお考えを聞かせていただけないでしょうか。
(市長)
今回、遺族・家族の皆さんからアンケートを52件いただいて、賛成が27人、反対の方が19人、どちらでもない方が6人おられるわけでございまして、その中で、意見はそれぞれあるというふう思っております。この津久井やまゆり園での採火を決めたのは、この事件を風化させてはいけないということと、「共にささえあい生きる社会」を、事件後、相模原市の理念としてまいりましたので、その点においては、私は間違っていないというふうに思っております。私達はこれから人権に関する条例なども、これから提案してまいりますが、ヘイトスピーチだけではなくて、大きな視点で、例えば差別があってはならないという視点が必要と考えています。津久井やまゆり園事件を風化させないように、そして、共生社会のある意味原点の場所だと思っております。そういった中で採火するにあたって様々なご意見を頂戴いたしましたので、そこは真摯に受け止めてまいりたいと思っておりますし、今回52人の皆さんの意見を読ませていただきましたが、事前にご遺族やご家族の皆さんに説明をしたとしても、なかなか難しいという思いもございます。ですから、これは、やはりご遺族やご家族、利用者の皆さんに寄り添った判断をしなくてはいけないと思い、今回変更させていただいたわけでございます。、今後も津久井やまゆり園での共生社会というのは、私はしっかり訴えていきたいと思いますが、しかし、このことによってまた5年前の思いが蘇って、大変心労を大きくしてしまった方とか、ご迷惑、ご負担をかけてしまったことに関しては、これはお詫びしなくてはいけないと思っております。
(記者)
先程、市長が津久井やまゆり園の実施は、その辺は間違ってなかったというご発言があったと思いますが、ともすれば今回賛成の意見が多いと。今回撤回することによって、賛成の意見をないがしろにすることにもなるのではないかと思うのですけれど、なぜ賛成の意見が上回った、しかしその意見ではなく、今度は撤回という方に、そちらを選んだという理由を教えていただいてもよろしいですか。
(市長)
多数決ではないと思っています。この判断というのは、例えば52名の皆さんからご意見をいただいて、そして特に利用者、家族の皆さん、遺族の皆さん、このご意見は非常に重いと思っております。その中で前回の会見でもお話ししましたが、例えば、賛成が多いからやりましょうとか、反対が1人いたからやめましょうとか、そういう話ではなく、やはり、多くの皆さんに寄り添う中で、今回お一人お一人の言葉を読ませていただき、これまでに遺族、家族、利用者の皆さんにご心労とご負担をかけてしまったという点、もう5年前を思い出したくないという方も多くいらっしゃることを学ばせていただいて、その事を反省するとともに、大きな流れといたしましては、皆様の幅広いご理解をいただけるまでに至っていないというのが大きな判断というふうに思っております。ですから、賛成が多いから「じゃあやりましょう」という話ではなく、私は共生社会の実現において、津久井やまゆり園というのは是非忘れてはならない、事件を風化させてはいけない場所だというふうに思っているんですが、やはり、私は今回の場所に関しては間違っていないと思いもありますが、しかし、これは多くの遺族やそしてさらには家族、利用者の皆さんのお気持ちに寄り添えば、私の考え方を改めていかなければいけないという結果に至った訳であります。
(記者)
今「多くの」という言葉が出たと思うのですけども、その多くの方の意見に寄り添うというのは、多数決になりませんか。市長のお考えとしては。だったらその少ない人の気持ちも読み、汲み取っていかないといけないという、そういう方向ではないのですか。
(市長)
「多くの」というのは、利用者やそして家族、遺族、さらには、メールやファクスをくださった方、遺族の団体、要請文をくださった方々、またマスコミを通じて、多くの国内の皆さんからもご意見をいただいておりますので、そういった方向性に鑑みると、やはりご理解に至っていないという結果になりました。
(記者)
前々回、前回の会見で出ている内容であれば恐縮なんですけども、今回の、オリンピックの採火をその場所でやる、決定を下すにあたって、庁内から反対意見というのは出なかったのでしょうか。
(市長)
前回もお話ししましたけれども、私自身が提案させていただき、庁内での意見は様々でした。色んな意見がある中で、最終的に私が提案した意見が、皆さんにとって、いい場所じゃないかと言うことで、方向性が決まったわけでございますので、もちろん中には慎重な意見もあったというように思います。この件で、前回も3回くらい同じ質問をされたわけでございますが、とにかくこれから市で決めることは全て誰が提案しようが、トップである私が責任を取ってまいります。、例えば今後いろんな問題が起きたときに「これは誰が提案したんだ」と、それで、職員が委縮して意見が言えなくなってしまったらいけないと思っています。今回は私が提案したから言いましたけれども、今後も自由闊達な意見交換というのは、非常に大事だと思っていますし、少なくとも私の体制になってからは、昨日も局長・区長会議というのもやりましたが、いろんな意見が出されるようになりました。その中で今後も、職員が提案して皆で決めたものは全て私の責任だと思っていますので、その覚悟をもって市長として臨んでいきたいと思っております。
(記者)
繰り返し共生社会の実現をするには、あの事件は忘れてはならないと、先程もその津久井やまゆり園というのは、その原点の場所であるというふうにおっしゃいましたけれども、一方であの事件というのは、まずあの施設でしか生きられないように、そういうふうにしてきた私達の社会こそが変えなければいけないんじゃないかということを非常に突きつけたというか、そういうふうに見えないように追いやってきた私達こそ問題があるんじゃないかということを、ある意味、問題提起をしたような事件だと個人的には受け取っているんですが、そういう意味では、市長は共生社会の実現という意味で、今回のパラリンピックの聖火をおそらく思いつかれたと思うんですけども、そういう視点に立つと、やらなければいけない事が、まだまだあると思いますし、ある意味、変わらなければいけないのは、こうした私たちの考え方だったりとか、私達のその社会の在り方というふうに思うのですが、その辺り市長はどうお考えになっていますでしょうか。
(市長)
そうですね、先程お話しましたが、本当に障がいのある方々が、地域生活をしていくのは非常に大事な話だと思っております。またご家族で、ご家庭で一緒に生活できる環境の方もいらっしゃると思いますので、ご本人や、地域、施設、そして家族含めて様々な考え方があると思っていますので、私はあらゆる選択肢があっても良いと思っております。その中で今回、津久井やまゆり園自体が共生社会に反しているというご意見も、実は団体の皆さんからございました。そこは、一つの問題提起として、今後真摯に向き合って考えていかなければいけないなというふうに思っております。私どもは決して、津久井やまゆり園が共生社会に反した施設だと思っておりません。しかし、やはりそういう考え方も多くいらっしゃるんだなというのは今回様々な団体、障害者団体の皆さんからご意見をいただく中で、学ばさせていただいた点でございまして、そこは、今ご指摘いただいたように、やはり今後、共生社会の在り方そのものを考え直す、見つめ直す機会だと思っております。
(記者)
私も最初、市の方針を聞いた時に、正直そこまで深く考えられておらず、違和感はあったんですけども、一方で、美帆さんのご遺族の方が要請書を出された時に、パラリンピックはやはり、あくまでもスポーツの祭典であると。そこに共生社会実現というその理念があったとしても、家族が殺された場所でその祭典の採火をやるっていうことはどう考えても、鎮魂の場所と祭典のものが一致するとは、とても思えなく、やはり不自然であるとおっしゃっていて、それを実際私も聞いた時に、そのとおりだと思ったんですけども、その辺りは今考えられても、いろんな意見があると思うんですけど、市長自身はそこは間違って、その思いは浅はかだったとか、思いが至っていなかったという気持ちは、おありになんでしょうか。
(市長)
今回、ご遺族やご家族、利用者の皆さんと事前に向き合えなかったという点において、やはり、美帆さんのご遺族の方から代理人弁護士の方を通じて、ご意見をいただいた点に関して、考えさせられる部分がたくさんございました。その中で、事前にご相談しなかったというところが大変不手際だったわけでございますが、私どもは、おそらくこの前にもご質問の中で出ましたが、オリンピックの聖火、かなり大々的に華々しくやってる部分がございますが、パラリンピックのそもそもの意義、パラリンピックの聖火の、採火のコンセプト等々、照らし合わせますと、共生社会の中で津久井やまゆり園という選択肢があってもいいと思っておりました。しかし、今回のご意見を伺う中で様々なご意見があるということで、私も、改めて、共生社会実現に向けて、考えさせてくれた部分もございますので、今後、共生社会を相模原が考えて行く時に、津久井やまゆり園という所が、決して忘れてはならない所だというふうに私は思っています。これはただ、お亡くなりになった方にお悔やみ申し上げますとともに、遺族の皆さんの痛惜の念、そして利用者と職員の皆さんの、本当に痛恨の思いというのをしっかり理解した中で、行うべきだということを思いました。いろんな皆さんのご意見を聞くことによって、もう一度共生社会について再考しなければならないという部分を含めて、考えさせられたところでございます。
(記者)
繰り返しになってしまうんですけども、やはりその19人という尊い命が亡くなられた、殺された場所でそのパラリンピックの採火をやるということ自体は、市長の中では選択の一つとしてあっても良いというふうにお考えですか。
(市長)
それは、様々な考え方がありますから、そういうことがあっても良いと思って提案させていただいた訳でありますし、実際に遺族・家族の皆さん52人の皆さんからいただいたアンケートの中では、過半数以上の皆さんが賛成をされている事実もございます。もちろん反対の方の意見も重く受け止めています。そういった中で、この議論というのは、なかなか難しい判断を強いる部分があるのではないかと思っています。いろんな記者が私のところに来ましたけれども、非常に書き方に関して、報道の仕方に関して難しい、考えさせられましたということを多くの記者の方が言われているように、私も今回同じ思いですね。非常に今回直面をして、私自身も考えさせられましたし、また、あの場所で、19人の尊い命が亡くなった場所でありますので、そこで採火をすることに対してやはり、皆さんからご理解いただける選択肢ではなかったということは、理解をして変更をしました。
(記者)
共生社会という言葉と風化させないという言葉が何度か出てきたかと思うのですけども、もう実現しないことになりましたので、教えていただけるかと思うのですが、その風化させないということは、何をもってどのようにして風化させないおつもりで提案されたのかというところが、お話を伺う中でわからない部分で、今後、市長がおっしゃる共生社会の実現ということに含めて、この採火のことを決めていくに当たって、今後その点が大事になってくると思うんですけども、そこが見えない中でこの状況が続いていますので、どういう方向で津久井やまゆり園の採火することで風化させない、風化しないとは、どういうことなのか含めて、どう考えていらっしゃるのか、もう聞けないので教えていただいても良いですか。
(市長)
私も市長になって3年目になりましたが、少なくとも県議会議員の時から津久井やまゆり園の状況を見てまいりました。約20年間。その中で旧相模湖町の千木良地区というところがあるんですが、非常に地域の皆さんと津久井やまゆり園の利用者、そして職員の皆さん、非常に交流が深くて、いい関係でありました。あの事件からどうしても足が遠のいてしまっている部分があるのではないかと思っていまして、あの事件がなければ良かったわけでありますが、実際起こってしまった訳でございまして、私は、やはりあの事件が起こる5年前の、津久井やまゆり園の姿に戻していきたいと思っております。それは、やはり共生社会、障がいのある方も含めて、多様性のある相模原として多くの皆さんが地域で生活ができたり、そして地域の皆さんの様々なイベントに参加したり交流をしたりして、地域の皆さんも障がいに対する理解というものを、お持ちの方が非常に多くいたと思っておりました。共に支えあって生きていける、そういう地域だったなと思っております。そのことを私は、この事件を通じて失われつつある事実を、もう一度5年前に戻していきたいと思っていますので、今後も8月から入居されるわけでございますが、しっかり市としても、市民の皆さんと一緒に、津久井やまゆり園を応援して、そして多様性のある相模原にして行きたいというふうに思っていますので、その点を含めて、私の考えを示させていただきました。
(記者)
今回、事前に連絡をしなかったことはお詫び、と何回もご説明いただいていますが、これもそもそもですが、これが抜けるということはちょっと考えられないというか、やりたい事の提案は置いておいて、やはりやるんであれば、やりたいんであれば、ご遺族、ご家族というのは、本当にまずお話をしなきゃいけないところだと、今はお分かりだと思うんですが、これが抜け落ちたのは今振り返って、事務的な多忙さとか色々あると思うんですが、事務方、市長の発想として、これが抜け落ちたのは何故だと、今ご説明いただけますか。
(市長)
これは前回の記者会見でもお話しましたが、共生社会の実現を目指す本市にとって、やはり今回、一番大事な、遺族や家族に対して事前の説明がなかったということ、寄り添えなかったというところが、私達の最大の反省点だと思っております。それは担当の職員が云々ではなく、やはりトップである私自らの責任だというふうに思っております。
(記者)
県議の時代から20年津久井やまゆり園を見てきたと、さっきおっしゃっていましたが、寄り添えなかったという言葉よりも、何故、まず使っている方、事件があった関係の方にアプローチをするということが抜け落ちたと思われますか?
(市長)
担当レベルで、県とそして共同会の皆さんと、事前に相談を申し上げまして、入居が始まる前の6月過ぎくらいから説明をしていこうと三者で打ち合わせを事前にしておりました。ただ、このこともあまり前面に出しても、県や共同会の責任ではありませんので、とにかく冒頭に申し上げたとおり、当初からやはり、利用者、そしてご遺族、ご家族の皆さんに寄り添えていなかったということが、私達の大きな責任だと思っておりますので、神奈川県や、共同会3者で議論してまいりましたが、本市の、共生社会実現に向けた、障がいのある皆さん、そしてご遺族、ご家族、利用者の皆さんへの寄り添う気持ちが足りないという、欠落していたところが最大の反省点だと思っております。
(記者)
この20年間、若しくはこの事件があってからの間に、市長ご自身がご遺族やご家族の方と、別に採火式にかかわらず意見を直接交換されたこととかっていうのは、ありましたか。
(市長)
はい。意見交換は何度もあります。
(記者)
今回反対意見をいただいたような方、今直接も含めて、これまでお話し合いを持ったことはありましたか。
(市長)
今回明らかに反対されているのは、美帆さんのご遺族と、元家族会の尾野さんというふうにわかるのですが、この2人とお話したことはありません。その他の反対やご意見をいただいた方というのは、任意であり無記名でありますので、どなただかわからないので、ちょっとお答えできないというふうに思います。
(記者)
そうすると他の、事件の被害者、ご遺族、ご家族とかは、意見交換されたことは、何度もあったということですか。
(市長)
あります。はい。
(記者)
その中で、そういう方たちがこの事件、若しくは事件のあった津久井やまゆり園という場所を、その方達がどう受け止めているというふうに市長は認識されていたのでしょうか?
(市長)
それは、様々な考え方があると思っております。とにかく皆さんは事件を風化させてはいけないという思いと同時に、それ以上に新しく津久井やまゆり園が生まれ変わっていく8月から新しい生活がスタートしていく、そこに大きな思いを抱いている方が多くいらっしゃると思っておりました。その点では、今回の採火において、52名の方からご意見をいただく中で27名が賛成だったように、どの方が賛成か反対かわかりませんけども、いずれにしても新しいスタートを、このパラリンピックの採火で共生社会の実現を一緒に目指していこうという思いの方は、いたというふうに思っております。
(記者)
この事件の被害ご遺族・被害者のご家族も6月以降、新しい「津久井やまゆり園」に向けた思いを持っている。基本的にあの場所についてですが、というように、まずは相対としてはそういう認識をお持ちになっているということでしょうか。
(市長)
私がお話しした方には、皆さんは、皆さんの中にはどういう新しい生活を、目を向けて、8月からスタートするという視点でお話されている方が多くいましたので、今言われたような方は、私がお会いした中ではいなかったです。
(記者)
これまでその痛恨とか、痛切とか、この事件を思い出したくないとか、そういうさっきおっしゃっていたような、ご家族、ご遺族の認識というのは、あまりそこには触れていらっしゃらなかったということでしょうか。
(市長)
触れていなくはないのですが、直接お会いしていなかった関係で、例えば痛惜の念をお持ちの方のご意見を聴くとか、そういったことが、複数の方とお話してきましたが、何度もお話しますが、私がお話してきた中では新しい生活が始まる。このことを後押ししてほしいという方が多くいたということは事実であります。
(記者)
それは20年あの施設を見てきて、市長3年目とおっしゃっていましたが、5年前に起きた事件に関する痛惜の念にあまり触れてこなかったことと、この採火式問題がこうなったことは無縁でないように思えるんですが、そこを振り返ってどう思われますか。
(市長)
様々な考え方があるというのは、私自身も常に思っております。今回、ご遺族の皆さんからのご意見、特にこの美帆さんのご遺族の要請文とか、あとは無記名、任意、自由形式でお願いした中に、ご遺族だと分かる方の記載がございまして、そういった、ご遺族の皆さんからご理解いただけていないところで、実施することに関しては、やはり自分の考え方は間違っていないと思っておりましたが、再考しなければならない、考え直さなければいけないなという思いに至ったのは事実です。
(記者)
今回「津久井やまゆり園」での採火を中止したことで、代わる採火場所というのはこれから検討するということだったと思います。また、同時に今回の採火撤退に至った経緯というのを、反省材料として生かしてこられることだと思いますので、今後採火場所の決定をいつごろまでに出すとか、また、選定に至る場合にどういったことをまず最優先、重視して、候補を絞り込んでいくのかといったあたりをお聞かせください。
(市長)
本当は、この変更と共に新しい場所を発表できればよかったわけでありますが、実は今日もご意見がまいりました。そういった中で、意見をまとめて昨日最終決定をさせていただいたわけではございますが、私は次の新しい場所に関しては、6月中に組織委員会と神奈川県とご相談を申しあげながら庁内議論をしっかりして決めていきたいというふうに思っております。引き続き、共生社会の実現というものを、私達の「共にささえあい生きる」というコンセプトを基にしながら考えていきたいと思っておりまして、例えば津久井やまゆり園の方から、賛成でいただいた中で「とても採火を楽しみにしています。是非自分もやってみたいです。」というご意見もいただいております。ですから、今後津久井やまゆり園では行いませんが、例えば、新しい場所で行う時に、津久井やまゆり園の皆さんに、反対の方やどちらでもないという方もいらっしゃいますけども、賛成の方で参加をしたいという方が分かれば、参加をしていただいて、このパラリンピックのそもそもの意義とか、パラリンピックの聖火のコンセプトというものを共に考えながら、そして、本市の共生社会、これを一緒になってまた考えていただく機会を作れればいいなと思っております。
(記者)
本当にいろんな意見が、この会見の中では再三出てきたわけで、それだけに最大公約数を求めるというのは、非常に難しいことだという実感をされたと思います。で、その最大公約数を求めるために、それはたぶん市長も今も悩んでいらっしゃるかもしれないのですけれども、どういったことが一番理解を得やすいと、現段階ではどうお考えですか。
(市長)
これまで県会議員、国会議員も経験してきまして、議院内閣制である国会であれば多数決で、国民投票法の改正も今回立憲民主党が出した提案を与党の皆さんがのまれて、昨日確か衆議院立法調査会を通過したと思うんですが、これまで私が、経験してきた世界というのは、やはり多数決で、そして、数が多い方が、形として条例となったり法律となってきたわけであります。市長になって、非常に今回学ばせていただきましたのは、数で、例えば今回アンケートをとった中で、52人中27人52%が賛成をしていると、これまでの政治の理論からいえば、これならばやろうというのが私の発想だったというふうに思います。しかし、私も政治経験を重ねて、そして、50歳を超えて、いろんな見方が今回あるということを、勉強させていただきました。今後行政のトップに立っていくにあたって、もちろん様々な点で多数決、あると思いますが、ただ市民の幸せとか生命・財産にかかわる中で、これからの選択肢というのは、例えば多数決だけではできないなということを学ばせていただきました。例えば今後、行財政構造改革を進めていく中で市民がこれを残したい、これはやめよういう数が多くても、やはりこれは市民にとっても今はきついけど、ここを乗り越えれば、必ず市民にとって幸せになる道ならば、ここは反対を押し切って前に進まなければいけないということがあると、市長として学ばせていただいたと思っています。ですから今回、ご遺族・ご家族、利用者の皆さんのご意見を非常に大切だなと思いますし、先ほどご質問あったように、もちろんメールや電話、ファクス、それから障害者団体、さらにはご遺族、そしてご家族の方の要請文等、全国から様々なご意見をいただきましたので、そういったご意見も本当に大事だなと思っています。一通一通、目を通させていただきました。その中で今後は市長として、数が多くても、やるもの、やらないもの、こういう選択をする必要があるんだということを今回学ばせていただきました。
今日の反省も踏まえまして、共生社会の実現というのは、本市にとっても永遠のテーマだと思っております。反対や慎重な方のご意見の中にも、いろんなご意見がありましたが、共生社会の最終的なゴールというのはみんな同じところだと思っています。その過程は、それぞれ違うかもしれませんが、そのゴールを目指して、これから今回の反省を踏まえて、やはりオール相模原で、そしてまた全国の皆さんの、ご意見ご指導を賜わり、しっかりと私達は共生社会というものを相模原で、まず作っていけるように、努力していきたいという思いであります。
(記者)
今お話を伺って、さらにまた、今日は盛んに市長としてトップの責任ということを何回もおっしゃっていましたが、これは、今回の採火撤回というのは、市長の政治生活の中においても、かなり大きな出来事になったのでしょうか。
(市長)
これは、非常に、大きな、自分にとっての問題だと思っておりまして、これまでもいろいろな、賛否に悩む、条例案や法令等もありましたけども、その中でも今回は、非常に私どものやはり津久井やまゆり園でやりたいという思い。これが多くの市民の皆さんから、そして、国民の皆さんから「ちょっと待って」と、立ち止まってもう一回考えてみてよという機会を与えていただいた、大切な機会だったというふうに思っています。今後は、共生社会の実現を考えていくには、やはり私が20年見てきた津久井やまゆり園の、ご遺族や家族、利用者の皆さんに私自身がトップとして寄り添えてこなかったというところが、今回の結果だというふうに思っていますので、この結果を重く受け止めて、今後この反省を踏まえて、更なる共生社会実現に向けて、しっかり対話をしてやっていきたいというふうに思っております。
(記者)
いろいろな意見が寄せられた中での、決め手を確認させていただきたいんですけれど、賛成もちろん反対も伺いましたし、色んな意見がある中で決めてになったのは、5年前を思い出したくないということ。そのご遺族の心の痛みを、広げたくないという配慮から、そう決めたと捉えていいのでしょうか。
(市長)
やはりご遺族の皆さんからいただいた言葉は、非常に私の心の中に響いています。それは冒頭申し上げたように、私はこの場所を、初めは間違っていないというふうに思っていますし、それで提案させてもらったのですが、しかし、お亡くなりになったご遺族・ご家族の皆さん、亡くなった方の思いをしっかり受け止められていなかったという自分の反省があります。今後もそういった点では今回のお言葉をしっかり受け止めていかないといけないですし、特にご遺族とわかる方々の、「美帆さん」のご遺族の代理人弁護士の方や、それから、アンケートの中に明らかにご遺族だと分かる記載をしている方もいらっしゃいます。そういう方のご意見を見る中でやはり思い出したくないというご意見もございましたし、静かにしておいてほしい、そういう思いの方もいらっしゃるということを改めて学ばせていただきまして、変更に至った訳であります。
(記者)
今、あげてくださった思い出したくないとか辛い気持ちというのに配慮したのが、大きいと捉えさせていただいてもよいか。
(市長)
そこが一つですね。その思いをさせてしまって、やはりご心労やご負担をかけてしまったこと。さらには、多くの皆さんのご意見をいただく中で、やはりこの津久井やまゆり園でやることについて、皆さんからのご理解を得られていないということが、自分自身わかりました。私も常々職員に言っているのは、市長である私が例えば「これで行こう」と言っても、市民にとって不幸になる話だったら絶対止めてくれという話をしています、常々。副市長・教育長をはじめ、若手の職員まで今、話をしてくれます。「ここは市長行くべきだ」「ここはとめるべきだ」ということを言ってくれますので、その中で最終的に結論に至ったことは全て私の責任だと思っております。今後も、いろいろな庁内での対話をしながら、そして最終的に決めていくことで、私の責任で実施していかなければならないと思っていますが、いずれにしても、遺族をはじめとする皆さんのご意見というのは、非常に響いたということですね。
(記者)
これまでにお会いになった方々の新しい方向へ、目を向けてっていうとは、違う声が今回初めて胸に入って来て響いたという理解でよろしいでしょうか。
(市長)
そうですね。ご遺族の方とはまだお会いできていません。家族会の人とはもう複数人お会いしております。その中で、冒頭申し上げましたように、ご遺族の方がどなたか正直分からない部分がありまして、今回お会いしたいという方に関しては、是非にお会いしたいと返事をしたのですが、いただいた日程が1日しかなく、都合が合わなかったので、市から、日程を3日間くらい出す予定でしたけれども、変更を含めてという考え方があるならば、もうお会いしなくてもいいですよというお話をいただきました。逆に、話をしてみたいというご遺族の方もいらっしゃるというふうに伺っていますので、今後ご紹介も得て、ご遺族の方とも話をしていきたいというふうに思っています。
(記者)
市長の話の中で、一つ気にかかったことがあるんですけど、尾野さんのことなんですけど。私達は事件のあってすぐから尾野さんと接触しているし、たぶんいろんな紙面に沢山出ているんだけど、市長は当選されてから人に会う行政、人に会って話を聞くというのを重視してやってきて、どうして尾野さんが外れてしまったんですかね。てっきり聞いているもんだと思っていたんですけれども、それが話を聞いていなかったということをはっきりした訳なんですけど。
(市長)
尾野さんは、いろんなマスコミを通じて知っておりますが、私はお会いできる機会の方々、そういった方々と、これまで言葉を交わしてまいりましたので、尾野さんとお会いする機会、チャンスや機会がなかったことは、非常に残念だったと思います。今回、こういった形で尾野さんが、市に対して、マスコミ公開で訪問していただいたわけでありますが、今後お会いできる機会があれば、また向き合って、お会いしたいと思いますし、例えば次の、新しい採火場所に関して、尾野さんのご意見というものも伺ってみたいという思いはございます。
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