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相模原の歴史

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ページ番号1010097  最終更新日 令和4年9月26日

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旧相模原市域の歴史

原始時代の相模原

相模原に人々が住みついたのは3.5万年前ごろと推定されています。

関東ローム層といわれる赤土の層からは、旧石器時代の人々が使用した石器が出土しています。それらは主として相模川沿いや境川、鳩川沿いなどから発見されています。平成9年、田名向原遺跡では、約2万年前の旧石器時代の住居状遺構が発見され、国史跡に指定されました。

次の縄文時代の遺跡は中期(約4,500から5,500年前)のものが多く、境川、姥川、鳩川、八瀬川、相模川沿いなど市内百数十箇所の地点から発見されています。特に磯部の勝坂遺跡で出土した土器の一部は「勝坂式土器」と名づけられ、顔面をかたどった把手や豪華な文様で全国に知られています。

弥生時代の遺跡は市域にはあまり見られず、上矢部や上溝などから後期の土器片が発見されているに過ぎません。

古代の相模原

古墳時代の終わり頃(約1,400年前)、当麻の谷原には10数基の古墳群(円墳)が築かれました。また、谷原の東南に連なる相模川の崖などからは、横穴墓も発見されています。

奈良時代には高座郡に13郷1駅があり、相模原市域にはそのうち3郷くらいの存在を推測することができます。

平安時代後期には武士団が各地に形成されます。市域南部は相模国高座郡の中部(現在の藤沢市長後から綾瀬市)にいた渋谷氏の影響下にあったと考えられます。また、武蔵国横山庄(現在の八王子市域の多摩丘陵)を本拠とした横山党は南下して市域の相原・小山・上矢部・田名などへ進出しました。

中世の相模原

鎌倉時代の初め、市域に勢力を持っていた横山党は建保元(1213)年の合戦で和田義盛に味方して、北条氏と戦い勢力を失いました。

鎌倉時代の末には、時宗の開祖一遍上人が当麻に来たと考えられ、二世真教上人はその故地に無量光寺を建立しました。

南北朝時代には、足利直義の家臣淵辺義博が淵野辺を領有していたと言われています。室町時代の後期には長尾景春の乱に際し磯部に城が築かれました。戦国時代の市域は、小田原北条氏の支配下に入り、当麻に関所が置かれました。

近世の相模原

江戸時代になると、検地によって17の村が成立しました。相模原は江戸に近いため、幕府の直轄領や譜代大名、旗本たちの知行地等に細分化されました。

江戸時代の中頃には、相模野の開発が始まり、幕末までに上矢部新田、大沼新田、淵野辺新田、清兵衛新田などが開かれました。江戸時代の後半には養蚕などの生産が向上し、俳諧など豊かな地方文化が育まれることとなりました。

明治以降の相模原

明治以後も、相模野の開発は行われましたが、いずれも規模は小さく、台地上には雑木林なども多く残されました。

明治22年の町村制施行により、清兵衛新田を含めた市域の18か村は合併して、相原・大野・大沢・田名・溝(後に上溝)・麻溝・新磯の7か村となりました。

一方、産業の面では繭や生糸の生産がますます盛んとなり、明治3年12月に開設された上溝市場はその取引の中心となりました。

明治41年横浜鉄道(現在の横浜線)、昭和2年小田原急行鉄道、同4年小田急江ノ島線、同6年相模鉄道(現在の相模線)が開通し、バス路線も各方面へ延長されました。

昭和12年以降になると、陸軍士官学校、相模陸軍造兵廠、その他の軍関係諸施設が続々と市域に移され、たちまち軍都として時代の脚光を浴びるようになりました。また、軍の施設の移転に合わせ県施行の相模原都市建設区画整理事業もスタートし、現在の本庁付近を含めた整然とした街区割ができました。昭和16年4月、上溝・座間・相原・大野・大沢・田名・麻溝・新磯の2町6か村が合併し、面積108.71平方キロメートルを有する当時の日本最大規模を誇る町、相模原町が誕生しました。(その後、座間町(現在の座間市)は分離独立)

市制施行と人口急増

第2次世界大戦の敗戦により、軍都計画は消滅しましたが、軍の諸施設の多くは米軍に接収され、相模原は基地の町となりました。

昭和25年の朝鮮戦争の勃発に伴い、昭和26年頃からわが国の経済も好転の兆しを見せ、相模原町内の米軍基地やその関連企業に多くの人が職場を求め、町の人口も次第に増え、昭和29年、全国で453番目、県下では10番目の市として、相模原市が誕生しました。当時の人口は約8万人、予算規模は約2億2千万円でした。

昭和30年、地勢の特色を活かして内陸工業都市を目指した相模原市は、工場誘致条例を制定して、工場の積極的誘致を図りました。また、昭和33年8月、首都圏整備法による市街地開発区域第1号の指定を受けたことを契機として企業や住宅団地の進出が活発になりました。折から国の高度経済成長政策や、首都圏に位置していたこともあり、昭和30年代からはベッドタウンの様相も呈するようになりました。人口も昭和42年に20万人、昭和46年に30万人、昭和52年に40万人、そして昭和62年には50万人を突破するという全国でもまれにみる急増を続けています。平成12年に人口60万人を超え、平成15年には中核市に移行しました。平成18・19年の津久井地域(旧城山町・旧津久井町・旧相模湖町・旧藤野町)との合併により、人口70万人を超えるに至っています。 平成22年4月に政令指定都市へ移行しました。

津久井地域の歴史

津久井という地名

津久井は謎と伝説の多い地域です。地名ひとつをとってもわからない事が多く、一説には三浦党の津久井氏が宝ヶ峰(城山)に津久井城を築いたという築城伝説があり、そのため津久井という地名がついたと説明されていますが、論拠に乏しく伝説の域を出ていません。また、地名研究の中で佐野川(旧藤野町)に「津久居」という地名があり、そこから起こったとする説もありますが、これも定説には至っていません。

原始時代の津久井

津久井地域における旧石器時代の遺跡としては、津久井城跡・馬込地区、川尻遺跡・風間遺跡群(以上旧城山町)、関口遺跡(旧相模湖町)などが確認されております。津久井城跡・馬込地区で発見された石器群は、3万年を遡る市内最古級の資料です。

次の縄文時代の遺跡については、縄文時代中期(約4,500~5,500年前)を中心に津久井地域全域に分布しており、寸沢嵐石器時代遺跡(旧相模湖町)と川尻石器時代遺跡(旧城山町)が国史跡に指定されています。

弥生時代の遺跡については、三ヶ木遺跡(旧津久井町)が「三ヶ木式土器」として知られているものの、津久井地域全体では少なくなります。

古墳時代の遺跡についてはさらに少なくなりますが、相模川下流部及び上流部で遺跡が確認されており、古墳時代終末期の川尻八幡神社古墳や春林横穴墓群(以上旧城山町)が今も残されています。今後の調査でさらに発見されることが予想されます。

古代の津久井

相模川を境に愛甲郡と高座郡に分かれ、津久井地域は余戸郷であったと考えられています。

特に平安時代に入り、小規模なものではあっても遺跡・遺物等の出土が増える傾向にあり、遺物からは甲斐・相模・武蔵型と呼ばれる特徴を持った土器類が混在して発見されており、緩やかな人口増加や勢力域の接触していく傾向を表していると想定されます。

中世の津久井

鎌倉時代、津久井の御家人が若宮大路の側溝の普請(建設)に従事していたことを想定させる木簡が出土しています。

小倉(旧城山町)には武蔵七党の横山党の一族小倉二郎の館跡と伝えられる場所があり、横山・相原・小倉・中野といった地帯に横山党の勢力が広がっていたようです。

戦国時代になると小田原の北条早雲の登場と相まって、中世城郭津久井城の比重が大きくなってきます。

小田原北条氏の勢力が相模国に浸透して以降、津久井城は小田原城を支える支城として、特に甲斐国武田氏への抑えの城として重要な位置を占めるようになりました。

その後、天正18(1590)年6月、豊臣秀吉の小田原攻めの中、徳川家康勢の攻撃により津久井城は落城し、その歴史を閉じました。

近世の津久井

江戸時代に入ると検地がおこなわれ、津久井地域には29の村が成立しました。上・下川尻村(旧城山町)を除くほとんどの村々は一部の時期を除いて、ほぼ幕府直轄地として幕府から派遣された代官が治めました。

幕府は交通網の整備にも努め、慶長年間(1596から1614)に五街道の内の甲州道中(甲州街道)が設置され、宿駅及び伝馬制度が整備されるに伴い、津久井地域は相州四ヶ宿と呼ばれる小原・与瀬(以上旧相模湖町)・吉野・関野(以上旧藤野町)の四つの宿が置かれ、全村が助郷村(宿の定められた人馬で足りない際に応援する村)となりました。

江戸時代における津久井での大きな出来事として、天明7(1787)年12月から翌年1月にかけての土平治騒動があります。これは、近世相模国における最大規模の一揆・打ちこわし騒動として知られています。

もうひとつ、天保3(1832)年から4年にかけての天保御用金事件は、上川尻村(旧城山町)の領主藤沢氏の財政窮迫を理由とした知行農民への過重な負担が原因となった農民闘争で、これ以後領主財政について村方から厳しい規制が働くようになりました。

明治以降の津久井

明治に入り、津久井地域の村々は明治3(1870)年「津久井郡」となりましたが、廃藩置県及びそれ以前の「三治の制」などにより、韮山県・神奈川県・足柄県などと管轄がかわり、明治9年神奈川県の管轄下となりました。

また、明治22(1889)年市制・町村制の公布に伴い9村・5組合村となり、以後昭和30(1955)年に城山町・津久井町・相模湖町・藤野町の4町となりました。

産業としては、明治期から昭和30年代まで薪炭・養蚕・織物等が中心でしたが、エネルギー革命や人絹の開発などにより衰退し、農業協同組合を中心に酪農・養鶏・キュウリ・ミツバ栽培・製茶など多方面の試みがなされるようになっています。

交通面では、明治21(1888)年甲州街道大垂水峠の開削、明治34(1901)年中央線八王子・上野原間の営業開始、昭和5(1930)年には中央線八王子・甲府間の電化がおこなわれ、昭和44(1969)年中央自動車道が開通しました。

水源地としての津久井

明治20(1887)年三井村川井を取水口とする横浜水道が完成し、水源地津久井の歴史がスタートします。明治30(1897)年第1回拡張工事により、道志川を水源とし青山取入所からの取水に変更されました。

大正4(1915)年第2回拡張工事がおこなわれ、取水口を串川村鮑子に変更し、青山隧道・城山隧道・太井隧道・川尻隧道の掘削がおこなわれ、城山水管橋、小倉水管橋が架けられました。

相模ダム(相模湖)の建設は昭和15年着工、昭和22年6月竣工しました。

さらに神奈川県の人口増加と工業用水の需要増加などから新規水源が必要とされ城山ダム(津久井湖)及び本沢ダム(城山湖)の建設が昭和37年2月起工、昭和40年4月竣工しました。

また、多目的ダムとして宮ヶ瀬ダム建設が平成12年12月竣工しました。

このような水源開発により、神奈川県及び首都圏はますます発展を続けています。

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